サイエンス

「新型コロナワクチンのサプライチェーン」はどうなっているのか?


新型コロナウイルスのワクチンを製造・流通・接種するまでの一連の経路をまとめた「新型コロナウイルスワクチンのサプライチェーン」について分析した記事を、ソフトウェア開発者のJonas Neubert氏が公開しています。

Exploring the Supply Chain of the Pfizer/BioNTech and Moderna COVID-19 vaccines · Neubertify
https://blog.jonasneubert.com/2021/01/10/exploring-the-supply-chain-of-the-pfizer-biontech-and-moderna-covid-19-vaccines/

◆ワクチンの成分
サプライチェーンについて考える前に、ワクチンを構成する成分について知る必要があります。記事作成時点で接種が始まっているファイザーとBioNTechの「BNT162b2」、そしてModernaの「mRNA-1273」については、いずれもWikipedia上でワクチンの組成についての情報が記されています。主な成分は以下の通り。

・mRNA
記事作成時点で認可されている新型コロナウイルスワクチンは、いずれも塩基配列情報を持ったmRNAを使用したmRNAワクチンです。mRNAは人の体が新型コロナウイルスの免疫を獲得する上で主要な役割を果たしており、mRNA以外の成分はワクチンを人の細胞に導入するために必要な添加物といえます。

・脂質
2つのワクチンにはコレステロールホスファチジルコリン、イオン化可能なカチオン性脂質PEG修飾されたリン脂質などの脂質が含まれており、これらの脂質がmRNAの周囲に脂質ナノ粒子と呼ばれるカプセルを形成します。脂質ナノ粒子は人間の細胞内に入るまでmRNAを周囲の環境や免疫系から保護したり、mRNAと結合して状態を安定させたり、細胞内でタイミングよくmRNAを放出したりする役目を果たすとのこと。

・バッファー(緩衝液)
ワクチンの水素イオン指数(pH)が高すぎたり低すぎたりすると有効成分が破壊される可能性があるため、ワクチンのpHレベルを制御することは重要です。そこで「BNT162b2」はリン酸緩衝生理食塩水を、「mRNA-1273」ではトリスヒドロキシメチルアミノメタン(トロメタミン)や塩酸トロメタミン、酢酸ナトリウム酢酸などを組み合わせた緩衝液を使い、ワクチンのpHを制御しています。

・ショ糖(スクロース)
スクロースはサトウキビなどから作られた砂糖分子であり、冷凍保存中に他の成分が損傷を受けるために使われているとのことで、ワクチンの全重量に占める割合が水以外で最も大きい成分です。


◆製造工程
ファイザーとBioNTech、そしてModernaはいずれもヨーロッパとアメリカで独立したサプライチェーンを有しています。これはワクチンの製造能力を高めると共に冗長性を確保し、復元力を高める役にも立っているとのこと。ワクチンの製造工程における最初のプロセスから完成までにかかる時間は、およそ数週間ほどだそうです。主な製造工程は以下の通り。

・DNAの生産
mRNAを生産するためには、まずDNAを生産する必要があるそうで、ファイザーはアメリカ・ミズーリ州のセントルイスにある施設でDNAを生産しています。一方、ModernaはDNAをスイスのバイオテクノロジー企業であるロンザに外注しており、この後の工程であるmRNAの生産もロンザが行っているとのこと。なお、DNAとmRNAを生産するロンザの工場はアメリカ・ニューハンプシャー州のポーツマスおよびスイスのフィスプにあるそうです。

・mRNAの生産
ファイザーの場合、セントルイスで製造されたDNAはマサチューセッツ州アンドーバーかドイツにあるBioNTechの施設に出荷され、バイオリアクターでmRNAに変換されます。mRNAを主原料とするワクチンが認可されたのは今回が初であり、これほど大規模な量のmRNAが生産されたことは過去にないため、サプライチェーンの中で最もリスクが高いと考えられているのがmRNAの生産工程だとのこと。


・脂質の生産
ファイザーはクローダの子会社がアメリカ・アラバマ州のアラバスターで生産する脂質成分を使用しています。一方、Modernaはドイツに本社を置くCordenPharmaから脂質を調達しており、CordenPharmaはアメリカのコロラド州やスイス、フランスに生産拠点を持っているそうです。

・脂質ナノ粒子の生産
脂質とmRNAを組み合わせて脂質ナノ粒子を作り出す方法を知る人は少ないため、脂質ナノ粒子の生産はmRNAワクチンの製造における主要なボトルネックの一つだそうです。ファイザーはカナダのバンクーバーにあるAcuitas Therapeuticsという企業と協力して脂質ナノ粒子の生産を行っており、Modernaはロンザにこのプロセスを委託しているとみられています。

・充填と仕上げ
ワクチンの製造における残りのステップは、mRNAの入った脂質ナノ粒子やバッファー、およびスクロースを配合して製剤し、バイアルという小さな瓶に入れる工程です。ファイザーはアメリカ・ミシガン州のカラマズーでアメリカ向けのバイアルを、ベルギーのプールスでヨーロッパ向けのバイアルを作っているほか、BioNTechはドイツの需要に対応するための施設を国内に持っているとのこと。ModernaはアメリカのCatalentおよびスペインのLaboratorios Farmacéuticos Roviと業務委託契約を結び、バイアルの製造を行っているとのことです。

・包装
バイアルは扱いやすい単位で包装されてから輸送されます。ファイザーのバイアルは1個に5回分のワクチンが入っており、195個のバイアルが1セットとなっているため、1セットで合計975回の接種が可能です。Modernaのバイアルは1個に10回分のワクチンが入っており、10個で1カートンにまとめられ、12カートンを1ケースに入れて出荷されるそうで、1ケースで1200回の接種が可能となっています。


◆ワクチンの輸送および備品の供給
生産施設で包装されたワクチンは世界各地へと出荷されますが、どの施設から出荷されるのかは最終的なワクチンの接種場所に左右されます。2つのワクチンはいずれもアメリカ国内とヨーロッパで生産されており、記事作成時点では生産施設と接種地点が比較的近い位置にありますが、より多くの国々で接種がスタートするとサプライチェーンはさらに分岐していくとみられています。輸送や実際のワクチン接種に関する主なトピックは以下の通り。

・温度要件
ファイザーとBioNTechのワクチンは「マイナス60~マイナス80度」、Modernaのワクチンも「マイナス15~マイナス25度」という超低温を維持して保管・輸送する必要があるため、荷物を低い温度のまま輸送できるコールドチェーンの整備が重要です。接種を行う医療機関では最大5日間ほど冷蔵庫に保管することが可能だそうですが、超低温の冷凍庫・配送ボックス・温度トラッカーなどの調達は、特に発展途上国におけるワクチン配布の障害となる可能性があります。また、アメリカでは「故意にワクチンを常温で放置して劣化させた」として薬剤師が逮捕される事件も起きています。

・ガラス製バイアル
ワクチンを入れるバイアルは物理的な衝撃やマイナス数十度での冷凍保存に耐える必要があるため、一般的なガラスで作ることができません。ワクチンのバイアルに最適な材料はホウケイ酸ガラスですが、原料となるホウ酸塩の産出地は限られており、全供給量の4分の3がトルコ、残りのほとんどがアメリカで産出されているとのこと。また、ワクチンバイアル用のホウケイ酸ガラスを製造するメーカーも少なく、1個のバイアルに数回分のワクチンを詰めているのはバイアル不足も一因だそうです。

・その他の備品
ワクチン接種に必要なのはワクチン本体とバイアルだけではありません。注射器と針、注射部位を洗浄するための消毒ワイプ、手袋が必要となるほか、ファイザーとBioNTechのワクチンは使用直前に20mLの生理食塩水で希釈する手順が必要です。これらの備品を医療機関に供給しなければワクチン接種ができないため、アメリカでは「ワープ・スピード作戦」という官民パートナーシップにより物資の供給を行っているとのこと。また、患者や医療従事者向けの説明資料の配布、問い合わせ用コールセンターの設置、偽造ワクチンへの対策なども、安全かつ信頼性の高いワクチン接種の実施には重要となります。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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